February 09, 2011

大相撲の八百長問題って問題?

大相撲が八百長問題で揺れている。先日には春場所の中止が決まり
なんと65年ぶりとのこと。65年前と言えば戦争中である。つまりは、
相撲協会にとっては戦時中とも比較しうる非常時なのである。

ただ、門外漢から見ると、この騒ぎ、どうにも空騒ぎのような気がして
ならない。
そもそも、相撲における八百長はかつて週刊ポスト・現代がしつこく
追求し、板井も八百長があったと発言している。7勝7敗の力士が
千秋楽で有意に勝率が高いのは周知の事実だ。

相撲協会は相撲取りのOBが運営している。年寄株は数億円で取引き
されるという。中学校を卒業して角界に入った若者が、その後一般社会に
戻るのはなかなか大変のようだ。相撲協会は相撲を取り仕切る一方で
セカンドキャリアの受け皿であり、おそらくは非常に人気の高い就職先だ。
競技人生を終えても、そこにいる仲間と生活を共にしていく。また、地方
巡業や出稽古など現役時代から部屋は違えど、お互い交流の機会は
多い。
このような環境にあって、お互いがお互いを重んじる互助の精神が発揮
されないのはむしろ不可思議といえよう。社会学の本などでは、よく
第一次世界大戦のフランスとドイツの塹壕戦での出来事が例として
出される。何の例かというと、前線では、殺し合いをしている当事者で
あるにもかかわらず、昼飯時は戦闘をしない、とかの暗黙の約束事が
自然と形成されたそうだ。人間はどのような状況でも、なんらかの協調を
しうる。まして、ちゃんこ一族として生きていく人種ならば、それは当然
すぎることだ。

これらをふまえると、自分は、全取り組みがそうだとは言わないまでも、
常にある程度の割合で、八百長というか取り組みに関して当事者同士による
取り決めというのが存在するのは「秘すれば花なり」の事柄で、皆、
それを前提に楽しんでいるのかと思っていた。
もちろん、各人の精進・努力はあるのだろうが、相撲はスポーツよりも
興業に近いモノかと思っていた。

それなのに、八百長の具体的証拠が出てくると、どうしたことだろう。
相撲協会も力士もマスコミも上へ下への大騒ぎである。むしろ、メールを
発見したからと言ってそんなのを発表する唐変木を非難するのが正当で、
協会もマスコミも「それが何か?」「今更どうしました?」とほうかむりを
すべきではなかったか?
相撲協会にしてみれば、自分たちはOBなのだから、あったのかなかった
のかは自分の胸に手を当てればすぐわかる。やってなかったとしても
知っているはずだ。昔からやってきたことに対して(と勝手に決めているが)
ばらしたから懲罰というのなら除名もわかるが、これほど体のいいしっぽ切り
はあまり見たことがない。除名になった元相撲取りが逆ギレして、
実名告白をじゃんじゃんしたりしないよう、それなりに裏から手を回す
だけの分別を持っていることを望む。
マスコミにしても、相撲の番記者などは当然知っていて、これまで取材し
記事にしてきたのだろう。にもかかわらず、世間への信頼がどうのと
ご大層なご高説。信頼を失っているのはあなた方の取材能力と相撲への
姿勢に関する一貫性であることを多少は自覚すべきだろう。

知っててやっていたはずの関係者が総出でのこの大騒ぎ。日本は平和だ、
とほっこりするいい機会ではあるが、落としどころまで導くリーダーシップが
今のところ見えない点が日本の政治と同様、気がかりである。
今回判明した当事者については、本業の取組みがさほど注目を浴びた
こともない人たちであるのにこんなことで一躍時の人となり、同情を
禁じ得ない。


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October 12, 2008

舞台評 シルク・ド・ソレイユ ZED

お勧め度 ★ ★ ★ ★

せっかくなので、回りがしゃべり出す前に見ておこうと
先週鑑賞。
プレミアシートで15,000円、いやたけー。

内容は、というと、
やはりシルク。たいしたものです。
バトンとかって日本では飯食えないけれど、こういう
演目にすると芸術表現になるのですね。

舞台は基本的に正面から見ることを前提に作られて
いるので、チケットのレベルよりも正面の場所を確保
することが大切。

オープニングが演出・音楽ともにすばらしい。
インターセッション以降は比較的時間が短くて
ちょっとさみしい。

鑑賞した中で言うと、
アレグリア>ZED>ファシナシオン>キダム>ドラリオン

今度のコルテオも楽しみだ~。

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