October 23, 2010

映画評 瞳の奥の秘密

世間的には高い評価のようですが、なんちゅーか今ひとつすっきりせず。

お勧め度 ★ ★ ★

主人公ベンハミンは高卒たたき上げの検事で、フフイという地方都市で
定年をむかえた後、ブエノスアイレスに帰ってきて無為な生活を送っている。
ふと思いついて、自分の中にわだかまりとして残っている25年前の
殺人事件について小説を書き始める。その殺人事件とは銀行家である
モラエスの新妻が強姦の末に殺害された事件だ。

 事件後の捜査は容疑者を特定したものの捕まえられないまま1年で
終了となる。しかし、モラエスは1年もの間主要なターミナル駅に通い
詰めて容疑者を捜す。その姿に「真実の愛」を見たベンハミンは、
ハーバード卒の年若く魅力的な上司であるイレーヌを説き伏せて捜査を
再開する。そして、酔っぱらいの同僚のひらめきもあり、とうとう容疑
者をサッカー場で拘束、その後上司との連係プレーにより自白を引き
出すことにも成功する。犯人逮捕の報告をモラエスにする主人公。
ところが舞台は暗転する。主人公のことを良く思わないかつての上司
(今は政治家?)により犯人は釈放されてしまう。

 そして現在。ベンハミンはモラエスの住所を突き止め、いかにこの
25年を生きてきたのか問いかける。なぜなら、あれほどの「真実の愛」
を持った彼が「犯人の釈放」という事実を抱えたまま人生に折り合いを
つけてこれたのか理由がわからないからだ。「人間は変わるべきだ」と
諭すモラエス。しかし、「人間にはどうしても変えられないものがある」
という元同僚の言葉が引っかかる主人公はモラエスの言葉を素直には
聴けないのであった・・・。
1

題名の通り、視線が大きな意味を持っている。容疑者を割り出したのも
写真に写った視線。そして上司のイレーヌが犯人を確信したのも視線。
そして主人公がイレーヌの婚約写真に写っている視線もまた、主人公の
気持ちが表れているものだ。

話は過去と現在を行ったり来たりする。その課程で徐々に事実が暴かれて
いく。また、主人公がモラエスの愛にいたくこだわる理由も明らかになる。
タイプライターなどの小ネタも冴えている。このタイプライターはAが
壊れているのだが、その癖が本人の手書きのメモにも関係してくる。
なぜ手書きでもAを書かないのか、全く不明ではあるのだが。むしろ、
タイプを使っていた当時の分掌ではAばかり手書きなのだからAを書か
ないというのは変な話だ。事実を明らかにしていく点では、オープニングが
絶大な効果を発揮している。事件映像なのだが、これはベンハミンの
小説表現とリンクしている。そこで、我々は
「これは小説の映像化なのか事実なのか」
という問いかけをその後も映像に対してしていく必要に駆られる。
これは登場人物の告白の映像化に見事な影響を与えている。ちなみに、
衝撃のラストなどと銘打っているが、私にとってはモラエスの行動は
きわめて合理的な帰結として比較的早くに想像が付いた。日本にはない
終身刑によって「殺すのではなく、無為な日々で長生きして欲しい」と
願うモラエスがとる行動といえば、現実的かどうかは別としてそういうこと
だろう。むしろ、そのモラエスを知って、吹っ切れたかのようにイレーヌの
もとに向かうベンハミンの方が驚きだ。「簡単じゃないわよ」と答える
イレーヌだが、たしかエンジニアの旦那と子供がいたような。
最後のシーンだけラテンのノリである。

元同僚や判事の上司など、脇役も非常に魅力的である。
なんで★★★かというと、やはり新妻役の美しさ。これが際だっていた
ため、主人公が想いを寄せるイレーヌがなんとも盛り上がらないのである。
この点で感情移入がどうにも・・・。

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August 29, 2010

映画評 ヒックとドラゴン

お勧め度 ★ ★ ★ ★


とてもよくできた映画だ。

惜しむらくはドラゴンの生態だろうか?なぜそのような種類があるのか?
ドラゴン同士は共存しているのか?大きいボスキャラドラゴンは一体
なんなのか?その辺がよくわからない。ジャック・ヴァンスの「竜を駆る種族」や
アン・マキャフリィの「パーンの竜騎士」シリーズでも竜という生き物が
しっかり描かれているが、この話はそれがなかった。

また主人公はバイキングだが、ということは舞台は1,000年ほど前か?
舞台設定にリアリティがどうなのだろう?あと、このバイキング、
竜と戦ってばかりで、どうやって暮らしを立てているのかもわからない。

映像面ではやはり巨大竜の扱いがいまいち。あそこまで大きければ
羽は羽ばたくのではなく、滑空するために広げてバランスを取るのが
せいぜいだろう。それをああまで機動性を高めるのは非現実的が、
竜だけど。

主人公はHiccupという名前でその名前だけでさえないキャラという
設定がわかるのだが、字幕版では特に説明がなかった。日本語版
では大丈夫だろうか?

この映画のとりわけすばらしい点はラストシーンだ。結果として主人公が
とらえた竜と主人公、We two are one.という存在になれたわけだ。

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August 21, 2010

映画評 借りぐらしのアリエッティ

お勧め度 ★ ★ ★

見終えた後、近所のシートの男の二人組が、「まぁまぁまぁ、優しい映画でしたな」と感想を言って
いた。うまい表現だ。

きわめてノンポリで、

なんというか佳作だ。佳作と凡作の境目はどこにあるのだろう。
かつてのような主張があるわけでなく、物語も映画も淡々と始まり淡々と
進み淡々と終わる。人間側のエゴとか主題として見ようによっては言え
ないこともないが、色は薄い。

正直なところをいうと難解なフランス映画ではあるまいに、もう少し毒気
ないしドラマをドラマとして感じさせるような盛り上がりとかを設けてもらい
たかったものだ。

映像はあいかわらず美しいが進歩した感じはない。いつもの絵だ。
舞台は比較的高度のある避暑地だろうか?
日差しは夏というのにやわらかく、汗をかく感じはない。
遠くにツツジらしきものが見え、近くに芥子の花が咲き、BGMで
ヒグラシが聞こえる。残念ながらそんな季節は存在しない。
非常に非現実的だ。

そのくせ、「人間が何人いるか知っている?67億人だよ」と
現実べたべたな台詞がある。メルヘンでも現実でもなく、
ただリアルさの欠けた風景が映し出される。最後の場面になると、
舞台は軽井沢でもなく、単なる郊外の高台であったことが明らかに
される。だったらもう少ししっかりとした景色の作り込みを
求めたいものだ。

時代設定も同様。最初に「30年前、僕は夏の一時期を・・・」
で始まり古いベンツが現れるため、現在は現代なのかと思う。
舞台の擬洋風な建物もその意識を強くする。ところが、
宅配便が届き、携帯を使用されるのを見るにつけ、どうやら
30年前が現代だと気づく。やたら懐古趣味で変な家だ。
違和感のぬぐえないアンバランスである。

そして、映画中に今の僕の姿や情景は現れない。いっそ、この僕が
腐海に立っているくらいの映像を最後に示した方がカルト的な
人気がでたのではないかと思ったりもする。

また、生き物のサイズというのは大切だ。ここに出てくるこびと
くらい小さければ静電気で服を着るのも大変だろう。犬が象の
大きさになれば象のような骨格になってしまうのと同様、
手のひらサイズの人間なら人間の形をしているのは生物的に
不自然だ。そんなことを考えているとこれまた本編のリアルの
なさに思い至ってしまう。人形が動くことよりも、こちらの方が
リアルに感じられないのは我ながら不思議だ。

声優の出来も感情移入の妨げだ。特に、お手伝い役と主人公
の母親役の出来の悪さは特筆もので、本当に聞くに耐えない。
ジブリはなぜ、芸能人の声優起用を続けるのだろう。絵や音楽を
作っている人間は腹立たしく感じないのだろうか?
作品のクオリティを毀損している。

そんなこんなで、ここ最近のジブリ作と同様、煮えきらない
出来の本作である。トイ・ストーリーとほぼ連続して鑑賞し、
両者の相対的な位置関係が自分の中でより明確になった。
ここのところのジブリには、晩年を迎えつつあるワンマンオーナーが
経営する中小企業のような悲哀と苦境を感じる。

最後に「借りぐらし」について。
借りていない。盗んでいるだけである。醜悪なばあさんの認識が
正しい。なので、アリエッティが「借り」に行くのだが、音だけ聞くと、
自分は頭の中で「狩りに行く」に変換してしまった。

ジブリ、いつまで過去の遺産で食っていくのか??

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August 15, 2010

映画評 トイ・ストーリー3

お勧め度 ★ ★ ★ ★ ★
トイ・ストーリー3部作の最後。
見事にまとめています。

舞台はアンディが17歳になり、大学へ通う時期。大学が遠くにあるようで、
アンディは引っ越しの荷物をまとめている。もちろん、かつて遊んだ人形たち
は一緒についていくことはかなわない可能性が高い。彼の運命の分かれ道
が眼前に控えている。

 ①アンディに引っ越し荷物として選ばれる。
 ②同伴はかなわずとも、屋根裏部屋に放り込まれ、うまくいけばアンディ
  の子供などと遊んでもらえる。
 ③保育園など寄付される。この場合、おもちゃとしては本望であるが、
  アンディのおもちゃとしては微妙である。
 ④捨てられる

 おもちゃならば、だれしもがやがて直面する、持ち主との関係変化。
 チョットした手違いで、危うく捨てられそうになったおもちゃたちは、
保育園で現役でい続けることを選ぶ。一方、アンディは運良く大学行き
の切符を手に入れたので、持ち主の元に戻ろうと主張し、バズ達と別れる。

保育園に行ったバズ達はおもちゃから熱烈な歓迎を受けるが、彼らは
年少組に配属となったため、過酷な扱いを受ける。待遇改善を求める
バズだが、保育園はストロベリーの匂いする熊ぬいぐるみの支
配する場所であり、彼らは自らの保身のためにバズ達を年少組から異動
させない。
このままでは体が持たない!

 さて、アンディは保育園の実態を知り、バズ達を保育園から救出しようと
保育園に向かう。そこでアンディ達は熊と戦うことになるわけだ。

トイ・ストーリーは、
以前より大人達のためのアニメと主張している私ですが、今回もまさしく
その王道を行っている。
今回描かれているのはおもちゃ自身のアイデンティティだ。
彼らは、アンディにとってはすでに一緒に遊ぶ対象ではない。必要と
されなくなってしまったのだ。
第二作では、アンディのおもちゃとして遊ばれることを選んだ彼らだが、
そのアンディから必要とされなくなった場合、自らをどう処せばいいのか?
おもちゃとして遊ばれることを願うのか、それともアンディの持ち物として
運命を受け入れるのか?

この話のよくできている所は、すべての生き方を肯定しているところである。
第二の人生として保育園で不特定多数と遊ぶもよし、再び誰かのもの
になるのもよし。各人の選んだ生き方を強く肯定している。この姿は
自らの立場とだぶらせて中年のおっさんにも強く訴求する点だろう。

カウボーイ人形のエディが仲間と残ると決める決断も丁寧に描かれて
いる。熊との死闘の末に一蓮托生として仲間と手を取り合い、死を
受容するエディ。この時、彼はこの仲間と一緒にいることを選んだの
ではないか。そして映画の最後、彼はアンディに向かって”So Long.”
とつぶやく。もう会うことはないとわかっているのだ。

 アンディも大 学に連れていくはずだったエディを小さな女の子に
あげるときにこれが最後だとわかる。出発までのつかの間、女の子と
一緒に遊ぶアンディ。かつてのように夢中になることはないのだろうが、
それでもお互いに別れを惜しむ刹那の連続が時間の光の変化ととも
になんとも美しい。

本作は3Dになってるが、なにが飛び出るわけではない。映像も
1作目からさほど変化ない。
最初から完成された作品であったし、3部作として見事な大団円を
迎えたシリーズである。
個人的には2>3>1だけど、本作ももちろん傑作・快作。

http://www.disney.co.jp/toystory/

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August 01, 2010

映画評 告白

お勧め度 ★ ★ ★ ★

ふつう良い映画はまた見たくなるものだし、気に入ればDVDなどで手元に
置きたくなるものだ。しかし、この映画は、その良さにも関わらず、もう一回
見る気にはなぜかならない。

この映画のなにが良いかというと、脚本だ。
独白形式で重ねていくのだが、その時、前の独白よりも少しずつ、事実を
見せながら、もしくは新しい事実を提示しながら見せていくのだ。そして
全体が不整合なく構成されている。
見事。

聞くところによると本もそのような構成だそうだ。であれば、うまく映像化した
のだろう。

話の筋を少し具体的に書くと、
中学校の先生が自分の子供が水死する。しかし、それは水死ではなく生徒
それもクラスメイトによる他殺だったことに彼女は気づく。少年法で守られて
いる人間に対して彼女は彼女なりの方法で復讐を企図していく、というもの
だ。

次に良いところは、演技が良い。松たか子。個人的にはこれまで、あまり評価
していなかった女優でもありなんとなく悔しい気分になってしまうのだが、
うまい。子役もそれぞれたいしたものだ。

演出とか音楽はあまり印象に残らなかった。いや、音楽はなんか場違いな
音楽が流れていたりして、印象に残ったのだが、忘れてしまった。

見ていると、最後に
お母さんは結局爆破されてしまったのだろうか、と考えたくなる。
「関係ない人を巻き込むな」という松たか子の主張からすると、研究室で
爆発させるのは母親は関係ない人だとはいえないとしても、他の人への
危険性が高すぎる。とはいえ、彼女は壊れているので、それくらい
やってもおかしくないような気がするし、それをしないとこの場合は復讐に
ならないような気もする。

うん、ようわからん。
観おわったあと、いろいろ考えるのは、やはりいい映画なのだろう。

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May 23, 2010

映画評 マイレージ・マイライフ

お勧め度 ★★★★

我々は人間だ。

群生生物だ。
だから、人とつながっていたくなる。家族を形成したり、部族を形成したり、
国家を形成したりする。形成するものの程度は違うが、最小単位は変わらない。
スキンシップだ。

難しいことに、結構好みが違う。したがって、悲劇が生まれる。お互いの都合
って奴が発生する。悲劇は好みだけではない。お互いの事情も影響する。
社会という奴を円滑にするためにいろいろとルールを作る。ルールは生来
我々のためにあるが、得てして窮屈なものでもある。ルールからずれたこと
をしていると、どっかしらで無理やら困ったことになることも多いものだ。

主人公は解雇を宣告することを生業としている。アメリカ映画だけあって、
比較的淡泊だ。ある種の流れ作業を感じる。日本では出張して宣告して
パンフレット渡して終了、とはいかず、もう少しまめな手順と時間をかける
必要があるだろう。

人生歩んでいれば1度や2度の解雇は経験するものだ、と割り切っている
であろうアメリカ人でも、やはりその時は動揺するし、なかなか受け止め
られない。とはいえ、個人にとってとても特殊な状況であっても、彼にとって
は比較的類型的な反応の一つにすぎない。

冷静に分析し、対応する。

会社に忠誠を誓ってもだめなのだ。のめり込むだけ裏切られるのである。
そんな彼が忠誠を誓うのはマイレージだ。年間35万マイルの飛行レコードを
持つ彼は、いつしか1000万マイルためることを夢見ている。万事身軽でいる
ことを貴ぶ彼は、私生活も身軽である。結婚していないし、子供も持たないし、
年間300日出張しているので家もホテルよりも味気ない状況だ。

ところが、そんな彼の状況がコーネル上がりの才媛が入社したことにより
転機を迎える。彼女は出張をコストととらえ、TV会議システムによる業務を
提案する。仕事の中身もさることながら、マイレージの危機を前にして、
彼は解雇宣告はその場にいることが肝心と主張する。上司はかの才媛に
現場というものを見せるために、単独行動の好きな主人公と仕事の同行を
命じる。

ちょくちょく出てくる解雇宣告シーンをメインに、主人公の出張恋人との
つき合いや才媛の恋愛、妹の結婚などを絡める。いわゆる、仕事V.S
私生活の構図だ。
出張続きの生活で、才媛の恋愛生活は終末を迎え、才媛の考えや妹の
結婚を通じて主人公の人生観にも変化の兆しが現れる。あけすけな旅先の
彼女とのつき合いだが、もっと腰を落ち着けるのも悪くないかもしれない。

ところが、ありがちなことに主人公の計画は破綻を迎える。その彼女の方が
より割り切っていたのだ。「カジュアルな関係」と言っていた主人公で
あるが、それを相手から言われたときのダメージといったら。

解雇と同じでロイヤリティを示す分だけダメージはでかくなる。
映画の最後、解雇を通告された人たちのインタビューがある。家族が
支えとのこと。ただの家族賛歌はまったくおもしろくないが、2時間経って
まったく元の木阿弥の主人公、なにも解決していない驚くべき映画、
驚くべき人生。そしてそのリアリティ。

映画を見て思うこと。
人生、なにを選んでもなにがいいのか悩ましいものだ。
それから主人公の彼。
出産経験のある女性くらいわかるだろう??
シカゴの家にしても、どうみたって家族用だろう?
とかつっこみたいところもある。

ここま書いてきて、自分はこの映画を楽しんだのか楽しいと思わなかった
のかわからなくなってきた。
とはいえ、いろいろと思わされる映画であることは少なくとも事実だ。
自分の人生というか職業人生も、これまでの積み重ねよりは残りの
引き算の方が気になるとしになってきた。ん、どうしたらいいもんだか。

題名であるUp in the Airは文字通り飛行中のことであるが、同時に
解雇されたときの途方に暮れた状況も示している。邦題にはその
ダブル・ミーニングは表現されていなくて残念だ。

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April 24, 2010

映画評 アイガー北壁

お勧め度 ★ ★ ★ ★

あほな私は、ボブ・ラングレー「北壁の死闘」の映画化かと思って
見に行った。実際には山岳史のなかでは有名な、アイガー北壁
の初登頂を目指す中で起きた悲劇の映画化であった。

私自身はせいぜいのところ、トレッカーであり、ハーケンもカラビナ
もアイゼンも全く身近ではない。したがって、とてつもない寒さや
山中で遭難しかけた時の心理状況などは全く経験がない。
一方で、山岳小説などは大好きで、新田次郎は愛読者であるし
上述のボブ・ラングレーもとても楽しんだ。ジョン・クラカワーの
「空へ」なども好きである。

そんな私が判断したところ、本作は、まさにすぐれた山岳映画
の作品である。あまりの寒さに、当日は雨だったのだがそのまま
悪寒がして風邪を引いてしまった。
風邪を引いた時、見知らぬ土地にいると非常に心細く感じる
ことがある。アルプスの山中で怪我したりした時の絶望感と来たら
どのようなものだろうか?

本作ではヒロイン役の女性が、いかにもなドイツ顔でかわいくない。
しかし、アイガーの麓のクライネ・シャイデックに着いたあたりから、
アバターの異星人ののように魅力的に見えてくるあたりは、映像の
マジックか。
また、このシーンではテント泊の登山家の貧相さとホテル住まいの
富豪達の格差がこれまた対比的でなんともな印象を与える。


http://www.hokuheki.com/

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March 23, 2010

映画評 ハート・ロッカー

お勧め度 ★ ★ ★

戦争映画としては秀作であるが、アカデミー賞作品賞というほどとは思えない。
これが受賞するということは、アメリカは相当弱っている。

ハートは、Heartかと思っていたらHurtだった、はずかしい。

主人公はイラクに派兵された爆弾処理部隊である。爆弾処理班は3名で行動する。
防護服を着て処理をする者、そして処理者がテロに襲われないようにバックアップ
として警備する2名である。

最初のシーンで、バックアップが容疑者を撃てなかったため、処理に向かった軍曹が
爆破の被害者となってしまう。そしてその後任として主人公が配属される。

この最初のシーンの描き方が秀逸なため、この主人公の無鉄砲さというか感覚鈍磨
な感じが際だつ。爆弾らしきものがあるとして、最初に向かうのははさみ付きの
リモートコントロールのキャタピラーである。ちょっと地面をほっくり返してみて、画面で
爆弾らしきものが発見されると、いったん引き上げて、爆発物を仕掛けに再度
キャタピラーが赴く。ここでうまくいかなかった場合に限り人間様のお出ましである。

ところが、この新任の主人公は常識で判断すると無謀で、いきなり某呉服に身を
包んだかと思うと、かなり無遠慮に爆弾に近づき、解体作業に入る。防護服とは
いえ、爆弾次第では数十メートルの距離では致死的である。しかも作業をする
ために手は防護されていない。生き残ってもふぐになる可能性は高い。映画を
見ていると、いつどかんと来るかとヒヤヒヤする。自分ならとても近づけない。
バックアップの兵士の一人は緊張を強いる勤務にかなり精神的にも参っている。

しかし、彼らがその義務を免除されるのは、死ぬか、怪我するか、ローテーションに
よる勤務交代だけである。交代時期が近づいた時の勤務したくなさ、というのは
どのようなものだろうか?映画では画面のフッターに勤務開けまであと何日という
日数が表示される。

見ている我々が、主人公たちの立場になり、彼らの目を通して周りを見てみると、
恐ろしいのは敵と住民の区別がつかないことだ。映画の間中、我々はアラブ人が
みなテロリストに見えてくる。実際には市民とテロリストというのは明確に分かれて
いるものでもないのかもしれない。現場にでた医師も市民と対話していたと
思ったら次の瞬間には吹き飛ばされてしまう。

さて、主人公であるが、なんとかローテーションを終えてアメリカに戻ってくる。
木が茂り、スーパーにはものすごい種類のシリアルが並んでいるアメリカである。
映画の最初に「戦争は麻薬だ」と出てくるが、そうなのだろうか、彼はまたしても
イラクに赴くのである。

アメリカに戻ってきた彼が自分の子供に向かって言う。「小さい頃は大切なものが
いっぱいあった。それが、たとえばこのおもちゃが、単なるブリキと人形のくっついた
ものと気づいてしまい、いつか大切でなくなる。だんだんと大切なものが減っていき、
今の自分には一つ・二つしかない、と。
はたしてその一つ・二つはなんだったのだろうか、と考えながら映画館を後にする。
http://hurtlocker.jp/

Hurt_locker_poster


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March 16, 2010

映画評 インビクタス

インビクタス

お勧め度 ★ ★

 今、一番、品質において信用がおける映画監督であるクリント・イーストウッド。
その最新作がこれ。南アフリカのネルソン・マンデラとラグビーのナショナル
チーム、通称スプリング・ボグスの主将との人種を越えた信頼関係と南アフリカ
を一つの国とするための努力を描いた作品。

 クリント・イーストウッドの最近の作品と比較すると、もっとも出来が悪い。
ストーリーが単純で起伏に乏しい。苦労はするが一本調子である。
 W杯で南アフリカが開催国として優勝したことはしらなかったが、ベースと
なっている話が比較的有名な話なので、期待との落差というか知った喜び
というものが弱い。主人公のネルソン・マンデラは言わずとしれた有名人なので、
すごいヒトがすごいことをやっているだけの映画といえなくもない。
むしろ、国家元首であるにも関わらず、公務そっちのけでラグビーに
うつつを抜かしているとも取られかねない。「彼は一体いつ寝ているのだ?」
とかいうせりふはあるにしても。

 とはいえ、やはりうまい表現ないし、そういうことなのかという驚きがない
ではない。南アフリカの黒人にとって、ほぼ白人で構成されるラグビーの
ナショナルチームはアパルトヘイトの象徴であり、ネルソン・マンデラが
そのアパルトヘイトの象徴である緑と金のラグビージャージを着ることの意味
というのは、単なる国代表の応援を超えた、まさに人種融和の強烈な
メッセージになっている。

 それから、冒頭のシーン。芝生の生えているラグビー場と道路を隔てた
反対側では黒人がでこぼこの土の広場でボールを蹴っている。そこに
マンデラ釈放の車が通る。歓声を上げて金網にしがみつく黒人たちと、
その車が何かもしらない白人。南アフリカと映画の部隊を端的に表現する
見事な導入だ。

http://wwws.warnerbros.co.jp/invictus/

Invic


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January 18, 2010

映画評 キャピタリズム

お勧め度 ★ ★

マイケル・ムーアの新作。
前作は医療保険だっけか?今回はいよいよ、というかかなりの本丸で、これをけなすと、
次は民主主義くらいしか残っていないのではないか、と思われる「資本主義」。

オープニングがイカしている。ローマ帝国となぞらえて、現在のアメリカをうまくラップさせて
いる。たしかに、我々の社会は全体としてよい生活を享受しているかもしれないが、自分
の生活が当時のローマ帝国の上流階級よりも恵まれているかとなると微妙だ。たしかに
彼らは飛行機も知らないし、くずきりとショートケーキを一緒に食べることもできないし、虫
歯の治療もできないだろうが、それでも、自分よりもいい生活を、少なくともいい生活をし
ている感はもてたはずだ。
一方、しゃれにならないくらいの貧乏な人々は、今も昔も大して代わり映えのない生活を
しているように思われる。彼らは現在の現代たる利益を享受できていない。時代とともに
人の生活は向上するのではなく、いつ何時も持てる者と持たざる者が同居しているのだ。

さて、マイケル・ムーアはアメリカにおける強者と弱者の格差をあからさまに見せていく。
しかしながら、強者の姿は最後までマイケル・ムーアのクルーはとらえない。彼らは一体、
どこでどんな暮らしをしているのだろうか?

途中、Dead Peasant's Insuaranceという企業が従業員に生命保険をかける恐るべき仕組
みが見えたが、これは持てるものに優位に働くものだろうか?ただただ企業というよくわか
らん法人が肥太っているだけの仕組みにも見える。

一方で、家を取られる彼らも、取られるまでは消費生活の恩恵をたっぷり彼らなりに受けて
きたわけで、あんまり一方的に同情される立場でもないような気もする。これまでの映画に
比べると、舌鋒鋭さには乏しく、見た後の感想としては、そりゃ、強欲なのはいい加減にし
てもらいたいが、取られる人々の善人ぶりもそれほど称揚すべきものかと思うのである。

つまりは、あいかわらずの見事な編集で飽きずに観ることが出来るが、あんまり
「締まった映画」という印象は受けないのである。
理由は主に2点あり、1点目は敵味方があまり明確でないこと。そして2点目は解決策が
しょぼいことである。
資本主義に民主主義を?弱い奴らは群れろ、ということと思ったが、それってただの団結
権だよ。
多少気が利いているのは、団結権とらしきものを主張していながら既存の労働組合のよう
なものにはこれっぽっちも期待していないところだろうか。

とまれ、コミュニティの維持、と人としての健康で文化的な最低限度の生活は、21世紀の
我々としては確保できても罰は当たらないはずだ。
ポリオのワクチンを発明した人が特許を取らなかったエピソードは、なんというか、すごいな。
「太陽に特許が?」言ってみたいものだ。

http://www.capitalism.jp/

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