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October 23, 2010

映画評 瞳の奥の秘密

世間的には高い評価のようですが、なんちゅーか今ひとつすっきりせず。

お勧め度 ★ ★ ★

主人公ベンハミンは高卒たたき上げの検事で、フフイという地方都市で
定年をむかえた後、ブエノスアイレスに帰ってきて無為な生活を送っている。
ふと思いついて、自分の中にわだかまりとして残っている25年前の
殺人事件について小説を書き始める。その殺人事件とは銀行家である
モラエスの新妻が強姦の末に殺害された事件だ。

 事件後の捜査は容疑者を特定したものの捕まえられないまま1年で
終了となる。しかし、モラエスは1年もの間主要なターミナル駅に通い
詰めて容疑者を捜す。その姿に「真実の愛」を見たベンハミンは、
ハーバード卒の年若く魅力的な上司であるイレーヌを説き伏せて捜査を
再開する。そして、酔っぱらいの同僚のひらめきもあり、とうとう容疑
者をサッカー場で拘束、その後上司との連係プレーにより自白を引き
出すことにも成功する。犯人逮捕の報告をモラエスにする主人公。
ところが舞台は暗転する。主人公のことを良く思わないかつての上司
(今は政治家?)により犯人は釈放されてしまう。

 そして現在。ベンハミンはモラエスの住所を突き止め、いかにこの
25年を生きてきたのか問いかける。なぜなら、あれほどの「真実の愛」
を持った彼が「犯人の釈放」という事実を抱えたまま人生に折り合いを
つけてこれたのか理由がわからないからだ。「人間は変わるべきだ」と
諭すモラエス。しかし、「人間にはどうしても変えられないものがある」
という元同僚の言葉が引っかかる主人公はモラエスの言葉を素直には
聴けないのであった・・・。
1

題名の通り、視線が大きな意味を持っている。容疑者を割り出したのも
写真に写った視線。そして上司のイレーヌが犯人を確信したのも視線。
そして主人公がイレーヌの婚約写真に写っている視線もまた、主人公の
気持ちが表れているものだ。

話は過去と現在を行ったり来たりする。その課程で徐々に事実が暴かれて
いく。また、主人公がモラエスの愛にいたくこだわる理由も明らかになる。
タイプライターなどの小ネタも冴えている。このタイプライターはAが
壊れているのだが、その癖が本人の手書きのメモにも関係してくる。
なぜ手書きでもAを書かないのか、全く不明ではあるのだが。むしろ、
タイプを使っていた当時の分掌ではAばかり手書きなのだからAを書か
ないというのは変な話だ。事実を明らかにしていく点では、オープニングが
絶大な効果を発揮している。事件映像なのだが、これはベンハミンの
小説表現とリンクしている。そこで、我々は
「これは小説の映像化なのか事実なのか」
という問いかけをその後も映像に対してしていく必要に駆られる。
これは登場人物の告白の映像化に見事な影響を与えている。ちなみに、
衝撃のラストなどと銘打っているが、私にとってはモラエスの行動は
きわめて合理的な帰結として比較的早くに想像が付いた。日本にはない
終身刑によって「殺すのではなく、無為な日々で長生きして欲しい」と
願うモラエスがとる行動といえば、現実的かどうかは別としてそういうこと
だろう。むしろ、そのモラエスを知って、吹っ切れたかのようにイレーヌの
もとに向かうベンハミンの方が驚きだ。「簡単じゃないわよ」と答える
イレーヌだが、たしかエンジニアの旦那と子供がいたような。
最後のシーンだけラテンのノリである。

元同僚や判事の上司など、脇役も非常に魅力的である。
なんで★★★かというと、やはり新妻役の美しさ。これが際だっていた
ため、主人公が想いを寄せるイレーヌがなんとも盛り上がらないのである。
この点で感情移入がどうにも・・・。

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