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March 07, 2009

映画評 チェンジリング

お勧め度 ★ ★ ★ ★ ★

チェンジリングと聞けば、トレッカーなら流体生物オドーを思い浮かべるだろう。
しかしこれはそういう話ではなく、社会派の映画だ。

映画では、いきなり、A true storyとくる。
こうかかれると居ずまいを正さねばならなくなるような強迫観念に駆られる。
字幕では「真実の物語」と出てくるが、そうなると真実とはなんでしょう?
という気になる。ノンフィクションです、程度の訳がふさわしいと思う。
字幕者の日本語に対するセンスというのはいかばかりのものか?

さて、本筋であるが、
1928年のLAが舞台で、子供が誘拐され、4ヶ月後に子供が戻ってくる。
ふつうはめでたしなのだが、その戻ってきた子供が他人だった、と言う事件だ。
母親は、「自分の子供じゃない」と主張するが警察は相手にしない。
警察は、御用医者を使って「精神的ショック」のせいで子供が他人に見える
とか、落ち着けば自分の子供と納得するとか、いろいろ言い含める。

学校の先生が別人だと言ったり、歯医者が違う子供だと言っても取り上げ
ない。挙げ句の果てに母親を拘束して精神病院にぶち込む。もちろん
1928年だから、人として扱われないようなひどい場所だ。

ところが事件はひょんな所から展開を見せる。警察の腐敗を追及する
牧師。そして子供の連続殺人が明らかになった。母親は牧師により病院
から解放され(といっても実際はその直前に退院手続きが執られたこと
になったが)、一つは警察を相手に、一つは殺人者を相手に公聴会と
裁判を見つめていく。

クリント・イーストウッドは死を見つめる監督だ。硫黄島、ミリオンダラー
ベイビー、と、そしてチェンジリング。子供の殺害を写し、殺人者の絞首刑
を写し、殺人幇助の(脅されていたわけで被害者の一人でもあるのだが)
子供に死体埋め立て箇所をもう一回掘らせる。

そして、クリント・イーストウッドはひたむきな生き方をする人を撮る監督だ。
どの主人公も、しなやかに状況を受け入れながらも折れることなく生きて
いく。そしてろくでもない連中がいる一方でそのような人たちを助ける人
たちがいる。世の中の一部をきれいに切り取った映画はどれもこれも
見事で、今の時代、映画館に行くにあたり、最も安心してお金を出せる
監督だと思う。

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