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March 29, 2009

映画評 オーストラリア

お勧め度 ★

たしかにバズ・ラーマンだけあって、映像は凝っているし、音楽も凝っている。
しかし、それ以上の内容はない。

 主人公のキッドマンはイギリスの本物の貴族だったのだが、旦那がなぜか
オーストラリアで一山当てようと牧場経営。あまりにらちがあかないので自ら
オーストラリアにのりこんできたとこから話は始まる。旦那に頼まれて彼女を
迎えに来たのがヒュー・ジャックマンだが、設定がバカという設定なのだろう
か、酒場で大げんかして彼女の荷物で相手をぶちのめして荷物をおしゃかに
するなど、あまり常識では考えられない行動。

 彼女を乗せて牧場のあるFaraway Downsへ。途中カンガルーを撃ち殺す
シーンが最もドキンとしたシーンになるとはこの映画を見ているときにはもち
ろん思わなかったことだよ。

 牧場に着くと様子が変、なんと旦那が殺されていたのだ。殺したのは、畜
産業の大物であるカーニーの手下の何だっけ、フレッチャーという役。こいつは
まぁ、根っからの悪人。カーニーへ旦那の牛を横流ししてけっこうな金を貯め
込んでいたのだ。
 旦那が死んでしまいショックのキッドマンだが、そこは気丈な貴族。気を
取り直してダーウィンまで自ら牛を運び、カーニーの鼻をあかし、金を儲け、
この国からおさらばしようとするのだ。
 もちろんおさらばはしない。なぜなら牧童役のジャックマンと恋愛が盛り
上がってしまうからだ。旦那が死んで数日でもうキスシーンを演じるのだか
ら、この夫婦、そもそも離婚の危機だったのだろうか?それからもう一人、
彼女の心をつかんだのがアボリジニと白人の混血であるクリーミーと地元
では差別的に扱われるなんだっけ、ナラだっけ、忘れた。

 牛を追ってカーニーの鼻をあかすまでが前半。後半は戦争が始まって
フレッチャーは成り上がり、キッドマンの身辺では混血児は捕まって隔離
され、ジャックマンとの仲がぎくしゃくして、さあ困った、という話で、まぁ
なんというかはやく終わってちょうだいな、円満に、という展開になる。

 音楽が派手な割には物語に抑揚はなく、はいはい、と話は進む。席に
ついて見続けるのはひとえに結論を確認するだけというような気分になる。
実際結論は、はいはいの勧善懲悪で予定調和。脇役は死ぬけど主役級
は死なず、若者は生き残って未来に希望有り、いい加減にしてくださいね。
この映画、撮影は大変だったのだろうが、いい映画かどうかは関係者が
一番わかっているだろう。元を取るためだけに情宣などはしないでいただ
きたい、是非にも。

 アボリジニが頻繁に使われるのだが、ただのスピリチュアルな変な
部族である。映画の始まる前にいいわけテロップが流れるが、そんな
ものを流しても何の免罰も許さない。本当にアボリジニはああなのか?
と問いたい。
 時間が長いだけに、なおさら見る価値なし。

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March 15, 2009

映画評 ディファイアンス

お勧め度
★ ★ ★ ★

ナチスから逃れ、森で何とか暮らしていた人たちの話。


ヨーロッパは森だ。
20世紀において、森に隠れれば何とかなる、という事態は日本人には、
少なくとも自分には理解しがたい。

しかしながら、ヨーロッパというのはやはり森なのだろう。赤ずきんちゃんは
おばあちゃんの家に行くのに森を通っていき、オオカミに見られる。

その辺を映画化した「ブラザーズ・グリム」も森だらけの映画。ドイツの地名
にある~バルツは森の意味だと言うし、どうやら日本の里山的なイメージと
はずいぶん違う植生がそこにはあるのだろう。

主人公のビエルスキ3兄妹はベラルーシに住むユダヤ人だ。ナチスの
侵攻から逃れるため、家族を殺された時に森に逃げ込み、そこで略奪
生活と自活を始める。なぜかはわからないが彼らの周りに段々とユダヤ人
が集まり、一大集落となる。近くに展開するソビエトの赤軍と微妙な距離を
取りながら(弟は赤軍に行くが)、彼らはなんとか生き残るすべを模索して
いく。

人が増えれば口が増え、それに伴い必要な食料が増え、そしてそのこと
はドイツ軍や地域の住民を刺激する。森に深く入れば安全は高まるが、
食いつなぐには集落に寄生するしかない。そのような状況で綱渡りの
生存を続けていく。

腹が減れば諍いは高まるし、女をめぐる問題も発生する。薬の不足や
迫り来る冬は大きな脅威だ。

本作のすごいところは、きれい事がほとんどないことだ。
主人公は憎しみに任せて裏切り者のユダヤ一家を惨殺するし、
ユダヤ人に好意的な農家の主人は殺されてしまう。かよわき群衆も
たまたま捕まえたドイツ兵を集団で殴り殺す。人間として平等なはずの
赤軍にも人種差別はあり、ユダヤ人集落の中でも追いつめられた
人間の醜さは存分に発揮される。そのような中、なぜか主人公は
リーダーになり、リーダーとしての決断を下していく。自分が生き
延びたいという欲求以上のモノを持ち得ないような状況で、なぜに
大勢の言ってしまえば生存にとって足手まといな人々を迎え入れ
られるのか?人間性の問われる映画である。

本映画の映像はまさに当時そのものだそうで、撮影現場を見に
来た当時の人々が、あまりの再現性のすごさにそのまま希望して
エキストラになったそうだ。森の映像はいつの季節もとにかく寒
そうで、また、生態系の貧弱さを感じる動物に乏しい世界だ。

ヨーロッパは森かもしれない、だがその森は清貧な美しさで、
決して豊かさややさしさは感じられない。
ビエルスキの集団は映画が終わった後も2年間森に潜み、その中で
さまざまな社会的な施設を営んで人間としての生活を築いていった
そうだ。映画の最後に、実際の当人たちの写真が映し出され、
非常に感動的である。

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March 07, 2009

映画評 チェンジリング

お勧め度 ★ ★ ★ ★ ★

チェンジリングと聞けば、トレッカーなら流体生物オドーを思い浮かべるだろう。
しかしこれはそういう話ではなく、社会派の映画だ。

映画では、いきなり、A true storyとくる。
こうかかれると居ずまいを正さねばならなくなるような強迫観念に駆られる。
字幕では「真実の物語」と出てくるが、そうなると真実とはなんでしょう?
という気になる。ノンフィクションです、程度の訳がふさわしいと思う。
字幕者の日本語に対するセンスというのはいかばかりのものか?

さて、本筋であるが、
1928年のLAが舞台で、子供が誘拐され、4ヶ月後に子供が戻ってくる。
ふつうはめでたしなのだが、その戻ってきた子供が他人だった、と言う事件だ。
母親は、「自分の子供じゃない」と主張するが警察は相手にしない。
警察は、御用医者を使って「精神的ショック」のせいで子供が他人に見える
とか、落ち着けば自分の子供と納得するとか、いろいろ言い含める。

学校の先生が別人だと言ったり、歯医者が違う子供だと言っても取り上げ
ない。挙げ句の果てに母親を拘束して精神病院にぶち込む。もちろん
1928年だから、人として扱われないようなひどい場所だ。

ところが事件はひょんな所から展開を見せる。警察の腐敗を追及する
牧師。そして子供の連続殺人が明らかになった。母親は牧師により病院
から解放され(といっても実際はその直前に退院手続きが執られたこと
になったが)、一つは警察を相手に、一つは殺人者を相手に公聴会と
裁判を見つめていく。

クリント・イーストウッドは死を見つめる監督だ。硫黄島、ミリオンダラー
ベイビー、と、そしてチェンジリング。子供の殺害を写し、殺人者の絞首刑
を写し、殺人幇助の(脅されていたわけで被害者の一人でもあるのだが)
子供に死体埋め立て箇所をもう一回掘らせる。

そして、クリント・イーストウッドはひたむきな生き方をする人を撮る監督だ。
どの主人公も、しなやかに状況を受け入れながらも折れることなく生きて
いく。そしてろくでもない連中がいる一方でそのような人たちを助ける人
たちがいる。世の中の一部をきれいに切り取った映画はどれもこれも
見事で、今の時代、映画館に行くにあたり、最も安心してお金を出せる
監督だと思う。

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